こんにちは。ともひろです。
今回は「モノの数を数えるのはそんなに意味がない」という話をしたいと思います。
タイトルにはそういう風に書いているとは思うんですけど、そう言いながらモノの数を僕は数えています。なぜなら、数えられるくらいの持ち物しか持っていないからです。
現在は自分の持ち物がざっと120個前後のモノで暮らしています。
どうしてもミニマリストやシンプルな生活をしている人と言うと少ないモノで暮らしているとイメージしますよね。
ミニマリストを極めている人たちは、確かに本当に所有物が少ないです。
「持っているモノが何個以下だからミニマリスト、何個以上持っているならミニマリストとは言えない」といった基準や定義みたいなのはないと思います。
数字っていうのは全世界共通のものなので分かりやすいんですよね。だから数を指標にしやすいところは確かにあると思います。
「何個の持ち物で暮らしてます」みたいなものは、すごく分かりやすいです。だからそれに惹かれるところもあると思います。
しかし実際、減らすことだけになっては意味がないと思います。
ここで少し古代ギリシャのミニマリストの話をさせてください。
古代ギリシャの哲学者のディオゲネスは、極限まで持ちモノを減らしたことで有名です。
彼の生き方は、単なる「モノの少なさ」を競うものではなく、より根本的な自由への追求でした。彼は、物質的な豊かさを拒否し、質素で自然に沿った生活を送っていました。
ディオゲネスの逸話があります。
彼は、わずかな衣服と杖、食べるための壺だけを持って生活をしていました。しかし、ある日広場で少年が手で水をすくって飲むのを見て、「この壺すら不要だ!」と気付き、それさえも手放したと言われています。
彼の持ち物はわずかな衣服と杖だけにになったわけです。持ち物の数で言うと、数個。極限と言えば極限。現代において、ここまでモノを減らせる人はいないと思います。
ディオゲネスの生き方を見て「極端すぎる」と感じるかもしれません。
彼は、持ちモノの数で競い合うみたいなことはしていなかったとも思います。
「持ちモノを減らす」に執着すると、そのような方向性に向かっていしまうので、気にしない方がいいと僕は考えています。彼の逸話を通して、「モノに囚われる必要はない」ということを感じ、あまり数に注力しても意味がないのかなと最近は思ってます。
- モノの量ではなく、自由が大事
ミニマリズムを実践する人の中には、「100個以下のモノで暮らす」といったルールを設ける人もいます。しかし、それがストレスになったり、単なる競争になってしまえば、本末転倒です。ディオゲネスは、モノを極限まで減らしたのではなく、「不要なモノを持たない自由」を大切にしていたと捉えることもできます。
- 執着を捨てれば、持ちモノは自然に減る
ディオゲネスは「壺」を捨てたとき、何かを「減らそう」と思ったのではなく、ただ「不要だ」と気づいただけだと思います。私たちも「何個持つべきか?」と考えるのではなく、「本当に必要か?」を問い続けることが大切なんだと思います。
そう言いながらも僕は持ちモノの数を把握しています。数えたことでモノの管理や整理、モノを減らすのに役立つことに気付くことができました。
まずモノの数を把握するためには、リスト化しなければなりません。
モノが多すぎるとまずリスト化自体を断念してしまいます。
僕もミニマリズムに出会う前は、今よりも全然モノを持っていた時があります。その当時はモノの数なんて数えたこともありません。正確な数は分かりませんが、今の数倍、多分それこそCDや本などもたくさん持っていたので、もう1000とか2000とかの数がもしかしたらあったかもしれません。
ミニマリズムに出会って、モノをだんだん減らし始めた頃にあるタイミングで気づきました。
「これもう数えられるんじゃないかな」っていう。
それで数え始めたのが2024年。去年の話になります。
購入日や使用頻度、所有している目的などを簡単にリストにまとめています。
リスト化し始めて感じたことは、今まで以上にモノの管理がしやすくなったことです。
例えばそのリストを見た時に「同じようなモノををちょっと持ちすぎてる」や「これは長い間使っている」などのことが分かります。
リスト化によりモノの量や購入時期や使用頻度などが可視化されたことで、モノの管理負担が圧倒的に簡単になりました。
例えば服であれば、「これもう5年も着てるんだな」とか「だったらもうそろそろ替え時かもしれない」みたいな。
買い替えのタイミングが分かるので、モノの管理にリストを作るとすごく役に立つことは確かです。
ですが、ディオゲネスの件でも述べたように、モノの数を把握したり、リスト化することが万人にお勧めできるというわけでもありません。
ライフスタイルやライフステージのタイミングによって、必要なものはその時々で変動します。
例えば釣りを趣味にしたなら、釣り用の服を欲しかったり釣り具を買ったりして色々とモノが増えます。
でもそれから離れた場合、「もういらないな、必要ないな」となります。
その趣味をやめると、不要になったモノが減ります。そして今度は違う趣味をするのに必要なモノを手に入れ、またモノが増える。
このような感じでモノが入れ替わったり、増えたり減ったりするので無理してその数だけを強調して減らすことはあんまり良くないなとも思います。
それに好きなことに制限をかける方が、逆にストレスを生む原因になる可能性があります。
ただ一方で、モノを減らしたい人や減らすことにちょっと集中してやりたいなっていう人は数えてみることをお勧めします。
単なる「モノを減らす」ことではなく、「モノに縛られない」ことの方が重要です。持ちモノの数を気にするのではなく、何が自分にとって本当に大切なのかを見極めることこそが、自由への第一歩だと思います。
モノの数に拘ることがストレスになっているなら、一度立ち止まって「モノの数」ではなく「心の自由」に意識を向けてみてはいかがでしょうか?
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